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東京高等裁判所 昭和52年(ラ)578号 決定 1977年12月23日

抗告人 田淵清之助

右代理人弁護士 高澤正治

相手方 八千代信用金庫

右代表者代表理事 新納太郎

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨は、「原決定を取消す。債権者八千代信用金庫、債務者田淵清之助間の東京地方裁判所昭和五一年(ケ)第四八二号不動産任意競売申立事件について同裁判所が昭和五一年七月一日になした競売開始決定を取消す。」というにあり、その理由は別紙記載のとおりである。

そこで、判断する。

一件記録、特に抵当権設定金銭消費貸借証書及び信用金庫取引約定書並びに催告書(昭和五一年一月二三日付相手方作成名義の内容証明郵便)によると、相手方は、昭和四九年八月二三日、抗告人に対し、金二〇〇〇万円を、弁済期日昭和五四年八月一四日、弁済方法期日一時払、利息年一一パーセント、昭和四九年九月一四日を第一回とし、以後毎月一四日までにその日までの分を支払う、右の支払を遅滞したときはなんらの通知催告を要せずして元本につき弁済期限の利益を失い、直ちにこれを支払う、との約で貸付け、その際、抗告人は相手方に毎月三〇万円あて定期積金をすることを約し、その後利息の支払日は毎月二五日に変更されたことが認められる。

そして、抗告人が昭和五〇年六月二五日分以降の利息を支払っていないことは抗告人の自陳するところであるから、抗告人は、特段の事由のないかぎり、本件貸付金について昭和五〇年七月二五日の経過とともに弁済期限の利益を失い、履行遅滞となるものというべきである。

しかるところ、抗告人は、(一)利息は毎月、前記本件積金と相殺する約に変更された。(二)仮にそうでないとしても、利息を本件積金と相殺せずに本件貸付金につき弁済期限の利益を喪失させるのは、権利の濫用にあたり、あるいは独占禁止法に違反すると主張する。

しかし、抗告人の右(一)の主張については、本件記録中の抗告人作成名義の上申書に同趣旨の記載があるけれども、これを裏付けるに足る証拠がなく認め難い。(二)の主張については、前掲取引約定書によってみても、相手方において利息と積金とを相殺すべき契約上の義務を負担しているものとは認められない(右取引約定書七条は、元本につき履行遅滞となった場合に関するもので、しかも相殺権の留保条項と解すべきものである。)。また、一件記録によると、本件積金は、五年後一時払の本件貸付金について、その弁済を確保する目的のものであることが窺われるけれども、仮にそのために本件積金が独占禁止法の後掲諸規定に違反して違法とされるとしても、その場合には本件積金の効力ないし本件貸付金の元本ひいては利息の額に影響することがあり得るに止まり、本件貸付金についての利息の支払義務の存在自体までが否定される謂れはないというべきであり、換言すれば、抗告人が本件積金の存否に関りなく、利息を現実に支払うべき義務を負担していることには終始変りはないのである。そうとすれば、抗告人が右利息の支払を遅滞した場合には、前記約定によって当然弁済期限の利益を喪失することは免れないものであって、相手方が利息と積金とを相殺せずに本件貸付金の弁済期限の利益を喪失させることは、相手方としては当然とり得べき措置であり、これをもって権利の濫用というには当らず、かつ独占禁止法(二条七項五号、一九条、昭和二八年公正取引委員会告示第一一号一〇)の禁止する「正常な商慣習に照らして相手方に不当に不利益な条件で取引すること」にも当らないというべきである。

以上、抗告人の主張はいずれも失当であって、本件貸付金については、昭和五〇年七月二五日の経過とともに期限の利益喪失によって弁済期が到来したものといわなければならない。

なお、前掲催告書によると、相手方は、本件貸付金についての期限の利益喪失事由として、利息不払のほかに、本件積金について抗告人が昭和五〇年六月分以降の掛込をしないとの事実をあげていることが明らかであるが、その当否がいずれであるにせよ、利息不払によって期限の利益を喪失したとする前示判断に消長を来たすものではないから、本件抗告理由中、右の点に関連して、(一)本件積金について掛込をしない場合には本件貸付金について期限の利益を失うとする約定は存しない。(二)仮に、右のごとき約定が存するとすれば、かかる積金制度そのものが独占禁止法に違反する、という部分については判断のかぎりではない(但し、念のために付言するに、本件積金の掛込金は本件貸付金から天引されたものとも認められず、毎月の掛込金額も三〇万円であって、それ程過大なものともいえず、契約金額も本件貸付金額を越えるものとも認められないから、たとえ本件積金が実質的には本件貸付金についての分割弁済的機能を有しているとしても、五年後一時弁済という長期貸付金についての弁済確保の手段としては、いまだ独占禁止法の前記諸規定に違反する抗告人に不当に不利益な取引条件に当るとはいい難いものというべきである。)。

よって、原決定は相当であって、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、抗告費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 安岡満彦 裁判官 内藤正久 堂薗守正)

<以下省略>

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